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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1379号 判決 1998年7月17日

上告人

阿部ゆかり

右訴訟代理人弁護士

八代紀彦

佐伯照道

天野勝介

中島健仁

森本宏

山本健司

滝口広子

渡辺徹

児玉実史

上告人

阿部吉雄

阿部伊智子

右両名訴訟代理人弁護士

新原一世

田口公丈

浜口卯一

被上告人

兵庫県信用保証協会

右代表者理事

辻寛

右訴訟代理人弁護士

羽尾良三

永原憲章

藤原正廣

中山高

被上告人

株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役

杉田力之

右訴訟代理人弁護士

辻武司

阪口彰洋

米田実

松川雅典

四宮章夫

田中等

田積司

米田秀実

上甲悌二

西村義智

被上告人

楠博行

株式会社コミティ

右代表者代表清算人

長野元貞

主文

一  原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

二  被上告人兵庫県信用保証協会は、上告人らに対し、第一審判決別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同判決別紙登記目録記載の(一)の各登記の抹消登記手続をせよ。

三  被上告人株式会社第一勧業銀行は、上告人らに対し、同物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同登記目録記載の(二)の各登記の抹消登記手続をせよ。

四  被上告人楠博行は、上告人らに対し、同物件目録記載の(一)ないし(三)の各物件について同登記目録記載の(三)の各登記の、同物件目録記載の(三)の物件について同登記目録記載の(四)の登記の、同物件目録記載の(四)の物件について同登記目録記載の(五)の登記の抹消登記手続をせよ。

五  被上告人株式会社コミティは、上告人らに対し、同物件目録記載の(一)の物件について同登記目録記載の(六)の登記の、同物件目録記載の(二)の物件について同登記目録記載の(七)の登記の、同物件目録記載の(三)の物件について同登記目録記載の(八)及び(九)の各登記の抹消登記手続をせよ。

六  被上告人株式会社コミティの反訴請求を棄却する。

七  訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告人阿部ゆかりの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人阿部吉雄及び同阿部伊智子の代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由二について

一  原審の適法に確定した事実等の概要は、次のとおりである。

1  阿部美代子は、第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお、右各物件は、同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが、遅くとも昭和五八年一一月には、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った。

2  昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に、被上告人兵庫県信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお、同目録記載の他の登記についても、同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を、被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(三)、物件(三)について登記(四)、物件(四)について登記(五)を、被上告人株式会社コミティ(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六)、物件(二)について登記(七)、物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし、右各登記は、同六〇年一月一一日から同六一年四月一九日までの間に、美代子の長男である阿部寛が美代子の意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった。

3  寛は、昭和六一年四月一九日、美代子の意思に基づくことなくその代理人として、被上告会社との間で、美代子が有限会社あざみの被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。

4  寛は、昭和六一年九月一日、死亡し、その相続人である妻の阿部和子及び子の上告人らは、限定承認をした。

5  美代子は、昭和六二年五月二一日、神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け、右審判は、同年六月九日、確定した。そして、美代子は、同人の後見人に就職した和子が法定代理人となって、同年七月七日、被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが、右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日、美代子が死亡し、上告人らが代襲相続により、本件各物件を取得するとともに、訴訟を承継した。

二  本件訴訟において、上告人らは、被上告人らに対し、本件各物件の所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求め、被上告会社は、反訴として、上告人らに対し、美代子の相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは、本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等が寛の無権代理行為によるものであるとしても、上告人らは、寛を相続した後に本人である美代子を相続したので、本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ、寛の無権代理行為について美代子がした追認拒絶の効果を主張すること又は寛の無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに、被上告銀行及び被上告会社は、寛の右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し、上告人らは、美代子が本訴を提起して寛の無権代理行為について追認拒絶をしたから、寛の無権代理行為が美代子に及ばないことが確定しており、また、上告人らは寛の相続について限定承認をしたから、その後に美代子を相続したとしても、本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし、前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。

三  原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。

1  美代子は被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。

2  被上告人らは、無権代理人である寛を相続した後、本人である美代子を相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人である美代子の資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。

四  しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。

これを本件について見ると、美代子は、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、寛の無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、寛がした無権代理行為は美代子に対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らが美代子を相続したからといって、既に美代子がした追認拒絶の効果に影響はなく、寛による本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。

したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記追認拒絶によって寛の無権代理行為が本人である美代子に対し効力を生じないことが確定した以上、上告人らが寛及び美代子を相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用することができない。また、前記事実関係の下においては、被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用することができない。上告人らの請求は理由があり、被上告会社の反訴請求は理由がないから、第一審判決を取り消し、上告人らの請求を認容し、被上告会社の反訴請求を棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告人阿部ゆかりの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人阿部吉雄及び同阿部伊智子の代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな、限定承認の効果に関する民法第九二二条・第九二五条及び無権代理行為の追認拒絶に関する民法第一一三条の解釈・適用の誤りがある。

一 最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決(判例時報一三一二号九二頁)は、「無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生じるものと解するのが相当である。」との判断を示している。では、無権代理人を相続した者が限定承認し、その後更に、無権代理人の相続人が、本人を相続したという場合において、無権代理行為の効力はどのようになると解すべきであろうか。

この点につき、原判決は、無権代理人を相続した者が限定承認したとしても、前記最高裁判決がそのまま及び、もはや本人の資格において無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、無権代理行為は当然に有効となるとの判断を示している。その理由として、原判決は、「限定承認の場合も、控訴人らが、阿部寛の相続人として、同人の権利義務や法律上の地位を包括的に承継することには変わりはなく、ただ被相続人の債務についての責任を相続財産の限度にとどめさせるにすぎないから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生ずるという点では、単純承認の場合と異なるところはないというべきである。」と述べている。

しかし、原判決のこの解釈は誤っている。前記最高裁判決は、代襲相続人が無権代理人からの相続につき限定承認した後に本人を相続したという本件のような場合には及ばないと解すべきである。その理由は、以下に述べるとおりである。

1 限定承認がなされた場合に、相続人が被相続人の「権利義務や法律上の地位を包括的に承継することには変わりはなく、ただ被相続人の債務についての責任を相続財産の限度にとどめさせるにすぎない」ことは、原判決の述べるとおりである。しかし、このことから、ただちに、「本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生ずる」という結論を導くことは、短絡的にすぎる。問題は、無権代理人を限定承認によって相続した相続人がその後更に本人を相続した場合において、相続人が無権代理行為の追認を拒絶することが信義則に反するかどうかという点にある。

前記最高裁判決は、「当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく」といい、また「本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生じる」といっているところから、無権代理人の地位と本人の地位とが融合して一つになるという点に追認を拒絶できない理由を求めているかのごとくである。しかし、これは説明の便宜のために地位の融合という論理構成が用いられているにすぎず、実質的には信義則に反するか否かが判断されているとみるべきである。このことは、前記最高裁判決が引用しこれに先行する次の二つの最高裁判決の表現方法をみれば明らかである。すなわち、無権代理行為が行われた後に相続が生じた場合において、(1)無権代理人が本人を相続したときと、(2)本人が無権代理人を相続したときとで、無権代理行為の効力にどのような影響が生じるかという点につき、最高裁昭和四〇年六月一八日第二小法廷判決(民集一九巻四号九八六頁)は、右(1)の場合には、「本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり」、無権代理行為は当然に有効となると判示しているのに対し、最高裁昭和三七年四月二〇日第二小法廷判決(民集一六巻四号九五五頁)は、右(2)の場合には、「相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではない」と判示している。

では、無権代理人を限定承認によって相続した相続人がその後更に本人を相続した場合において、相続人が無権代理行為の追認を拒絶することが信義則に反するであろうか。

明らかに債務超過の状態にある被相続人の相続人が、被相続人の債務から免れる方法としては、相続放棄と限定承認(これについては、正確には、債務の履行責任から免れるというべきか。)の二つの方法がある。相続人にとっては、どちらの方法を選択するかは、実際上は、さほど大きな意味を持たない。強いてあげるとすれば、相続人が被相続人の財産をもって被相続人の債務を公平に弁済し相続債権者にできる限り迷惑をかけないためには、相続財産の破産を申立てるのが適切な方法であるが、そのためには限定承認しなければならないことになる。また、相続放棄したときは、次順位の相続人につき相続が開始することになり、それらの相続人に相続放棄等の手続をしなければならないという迷惑をかけることになる。このように、明らかに債務超過の状態にある被相続人の相続人が、相続放棄ではなく限定承認を選択する場合は、相続財産の破産を申立てること、あるいは、相続人の拡散を防止することを目的とすることが多いと思われる。相続人にとっては、右の点を除き、被相続人の債務から免れる方法としては、相続放棄と限定承認との間にとくに差異を認めていないし、また認める必要もなく、同一の目的のための制度と理解されていると思われる。

本件についてこれをみれば、上告人らが阿部寛の相続につき相続放棄していた場合には、上告人らは、そもそも、無権代理人の相続人とはならないのであるから、本件のごとき無権代理人の相続人がさらにその後本人を相続するというような問題は生じえないところ、たまたま、相続放棄ではなく、限定承認を選択したために、原判決のように無権代理行為についてではあるが結果的に単純承認したのと同じ責任を負うことになるのは妥当でない。ことに本件においては、阿部美代子は少なくとも昭和五八年二月ころには意思能力を喪失していたこと、阿部寛が昭和六一年九月一日死亡したこと、上告人らは昭和六一年一一月四日阿部寛の相続につき限定承認する旨の申述をしたこと、阿部寛の相続財産について昭和六一年一一月一一日付で破産宣告がなされたこと、阿部美代子について昭和六二年六月九日に禁治産宣告の審判が確定したことからうかがえるように、上告人らは阿部寛の相続財産につき破産申立をなすとともに、阿部寛の母であり当時すでに意思能力を喪失していた阿部美代子が相続人となることを防止することを目的として、相続放棄ではなく限定承認の申述をしたという事情があるのである。

したがって、上告人らが相続放棄を選択していた場合との権衡を考えれば、無権代理人を限定承認によって相続した相続人がその後更に本人を相続した場合において、相続人が無権代理行為の追認を拒絶することは、何ら信義に反するところはなく許されると解すべきである。

なお、原判決は、「本件物件は、控訴人らがもともと阿部寛の相続とは無関係に所有していた固有財産ではなく、元来、阿部美代子から阿部寛が相続すべき財産を同人に代襲して相続したものであることを考慮すれば、本件物件について無権代理行為をした阿部寛が自ら本人である阿部美代子を相続した場合と同様に、阿部寛の相続人である控訴人らが、限定承認を理由に追認を拒絶することは信義則上許されないものというべきである。」とも判示している。

しかし、原判決のこの判断も誤っている。上告人らは、「美代子の死亡により寛を代襲して同女を相続することにより本件物件を取得するが、固有の代襲相続権により直接同女の地位を承継するものであるから、本件物件は寛の相続財産としてではなく、直接」上告人らが「その固有財産として取得することになる。そうすると」、上告人らは、「寛の無権代理人としての責任を相続するものの、本件物件が寛の相続財産に帰属しない以上、本件物件をもって寛の無権代理人としての責任を履行する義務はないというべきである。」(後述の本件と同一の事案についての大阪高裁平成二年七月一八日判決・昭和六三年(ネ)第二三九二号事件)。原判決の右判断は、おそらく結論の具体的妥当性を求めてのものと思われるが、その結果、限定承認制度の根幹をゆるがすものとなっており、妥当でない。

さらに、前述のとおり上告人らが阿部寛の相続において相続放棄を選択せずに限定承認を選択したという事情があり、相続放棄を選択していた場合との権衡からみても、上告人らに無権代理行為の追認を拒絶することを認めるべきである。

2 限定承認は、債務の過大な相続から、相続人を護るため、本来相続人の負うべき相続債務の無限責任を、相続財産を限度とする有限責任に転換する制度である(中川善之助=泉久雄・相続法〔第三版〕三七〇頁)。限定承認した相続人は、自己の固有財産をもって、被相続人の債務を履行する責任を免れることになる。

無権代理人の相続につき限定承認した相続人は、無権代理人が無権代理行為の相手方に対して負担している債務(本件でいえば、根抵当権設定契約及び同設定登記を有効とすべき義務又は損害賠償の責任ということになろうか。)については、相続財産を限度とする責任を負うにとどまり(本件でいえば、当然のことながら、相続財産のなかに本件物件は存在しないから右義務は履行できないことになる。)、自己の固有財産をもって履行すべき責任はない(本件でいえば固有財産のなかに本件物件が存在したとしても、これをもって履行すべき責任はない。)ということになる。無権代理人の相続につき限定承認した相続人にとって、その後更に本人を相続したことによって取得した相続財産(本件でいえば、このなかに本件物件が存在する。)は、相続人の固有財産というべきであるから、相続人は、本人からの相続財産をもって、無権代理人の債務を履行すべき責任がないということになる。

この点について、原判決は、上告人らが右に主張するところは、「阿部寛の相続債務の履行の問題であり、そのことと、本件物件についてなされた阿部寛の無権代理行為について、本人と無権代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じ、本人の資格において無権代理行為の追認をすることができなくなるということとは、別個の問題であって、本件物件が阿部寛の相続財産に含まれないとしても、右の点に差異を来すものではなく、その結果、本件物件についてなされた無権代理行為が有効なものとなれば、阿部寛に無権代理人としての責任が生ずる余地がなくなるだけのことにすぎないというべきである。」という。

しかし、原判決のこの判断は誤っている。原判決のいうところにしたがえば、上告人らが阿部寛の相続につき限定承認したにもかかわらず、しかも本件物件が阿部寛の相続財産に含まれないにもかかわらず、上告人らの固有財産である本件物件が阿部寛の相続債務の履行のために用いられることになり、限定承認制度の趣旨を没却することになる。限定承認した場合における債務と責任の問題については、「限定承認者は、相続債務の全額を承継しているのだから、相続債権者は、相続債務の全額を訴求することができ、これに対して、裁判所は、限定承認のなされたこと、および債務の存在を是認するときは、相続財産が債務の完済に不足かどうかを考慮する必要はなく、その債務全額について、給付判決をし、相続財産の限度において弁済すべき旨の留保を付した判決をするべきである(大判昭和七・六・二民集一一・一一〇七、同昭一一・三・二〇新聞三九六八・一八)」とされている(新版注釈民法(27)五〇七頁)。これは金銭のような不特定物の給付を命じる場合にはあてはまるであろうが、特定物の給付請求の場合には、それが相続財産に含まれないことが明らかな場合には請求を棄却すべきである。本件の場合には、特定物である本件物件が阿部寛の相続財産に含まれないことが明らかなのであるから、相続債務の存在の問題と相続債務の履行(責任)の問題とは別個の問題であるというような形式論にこだわることなく、端的に、上告人らの本件物件の所有権にもとづく妨害排除請求を認容することによって、上告人らに阿部寛の相続債務を履行する責任がないことを表明すべきである。

3 前記の最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決の考え方および論理構成の背後には、相続人は被相続人に属した一切の権利義務を当然に承継するので、無権代理人と本人とをともに相続した相続人は、無権代理人の地位(代理権が欠けている)と本人の地位(追認できる)とをあわせ持つことになるところから、あたかも、権利義務が同一人に帰属すると混同によって消滅する(民法第一七九条、第五二〇条)のと同様に、代理権が欠けている無権代理人の地位と追認できる本人の地位とが、いわば、足らざるを補うという関係を生じて、無権代理行為が有効になるという発想が存することを否定できないと思われる。

ところで、民法第九二五条は、「相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす。」と規定している。これは、限定承認した場合にも混同による消滅を認めると、相続債務の責任の範囲を相続財産に限定しようとする限定承認制度の趣旨に反する結果となるからである。

右規定の趣旨は、無権代理人を相続した者が限定承認し、その後更に本人を相続した場合に類推適用され、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生じることはなく、相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶することができると解すべきである。

二 次に、本件においては、次に述べるとおり、本人である阿部美代子が無権代理行為の追認拒絶権を行使し、そのために無権代理行為が本人に対して何ら効力を生じないことに確定した後に死亡したため、阿部美代子を代襲相続した上告人らは、阿部美代子から追認権はもちろん追認拒絶権をも相続していないというべきである。そうとすれば、本件は前記最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決とは、この点において事案を異にし、この判決の及ぶところではないというべきである。

1 本件における無権代理行為の本人である阿部美代子は、無権代理行為の相手方である被上告人らに対し、無権代理行為によって本件物件に登記された抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めて、昭和六二年七月六日神戸地方裁判所に本件訴を提起した。

ところで、追認拒絶権は本人の追認権を放棄し、無権代理行為をして本人について効力を発生しないことに確定するにいたらせる権利(形成権)である。本人の追認拒絶の意思表示によって、無権代理行為は本人に対してなんら効力を生じないことに確定し、本人は、それ以後、追認することができなくなり、法律関係は確定する(注釈民法(4)一九九頁ないし二〇〇頁参照)。

無権代理行為の本人阿部美代子は、無権代理行為の追認権とともに追認拒絶権を有していたところ、前記のとおり被上告人らに対する本件訴の提起という最も強力な方法によって、無権代理行為の相手方である被上告人らに対し、無権代理行為の追認拒絶の意思表示をした。無権代理人である阿部寛の相続人でない本人阿部美代子が、追認拒絶をしたことにより、本件の無権代理行為は本人に対し何らの効力を生じないことに確定したもので、これ以後は、もはや追認権を問題にすることはできなくなったのである。

2 本人である阿部美代子が無権代理行為の相手方である被上告人らに対し、無権代理行為によって設定された抵当権等の登記の抹消登記手続請求の訴訟を提起することは、本人の追認拒絶の意思表示であることは明らかである(大判大三・一〇・三民録二〇・七一五は、本人が無権代理行為による契約の履行を求める訴を提起した場合に、訴状送達の時に黙示による追認の意思表示がなされたと判示している。)。

本件訴訟の訴状は、いずれも昭和六二年七月一〇日被上告人らに送達されている。したがって、本人である阿部美代子の追認拒絶の意思表示は同日相手方らに対してなされたことになり、その結果、同日本件無権代理行為が本人阿部美代子に対し何らの効力を生じないことに確定し、本人の追認権は消滅したのである。

3 その後、本人である阿部美代子は昭和六三年一〇月四日死亡し、上告人らはその相続人となったが、阿部美代子から追認権は相続していないので、今さら本人の追認権を云々することは無意味であるといわなければならない。

この点について、原判決は、本訴の提起によって、「阿部美代子は、被控訴人らに対し、本件無権代理行為につき追認拒絶の意思を表明しているものと認めることができる。」としながらも、「無権代理人が本人を相続し、或は、一旦無権代理人を相続した者が、その後本人を相続することにより、本人と代理人の資格が同一人に帰するにいたった場合には、信義則上、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じ、もはや本人の資格において無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防禦方法のなかで追認拒絶の意思をも表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するにいたった場合、無権代理行為は当然に有効となるものと解すべきである。」と判示している。

しかし、原判決のこの判断は誤っている。前述のように、追認拒絶権は本人の追認権を放棄するもので、本人の追認拒絶の意思表示によって、無権代理行為は本人に対してなんら効力を生じないことに確定し、本人は、それ以後、追認することができなくなり、法律関係は確定するのである。原判決は、追認拒絶権は形成権であって、追認拒絶の意思表示によってただちに法律関係が確定することを理解せず、また、実体法と手続法との差異について誤解し追認拒絶に関係する本訴の判決確定にいたるまで法律関係が確定しないとするものであって誤っている。また、実際的に考えても、原判決の考え方によれば、本人が提起した追認拒絶に関係する本訴の判決確定の時期と本人の死亡の時期とのうち、どちらが早く到来するかによって結論を異にすることになる。前述のとおり、無権代理行為が行われた後に相続が生じた場合において、無権代理人より先に本人が死亡した場合と、本人より先に無権代理人が死亡した場合とでは、前述のとおり最高裁の判例によれば結論を異にすることになるが、これは死亡という実体的な事実の先後によるものであって、由なしとしない。ところが、判決確定の時期と本人の死亡の時期とでは、後者が実体的な事実であるのに対し、前者は手続的なことがらであり、訴訟の遅速という要素によって結論を異にすることになり、妥当でない。

三 最高裁平成五年三月一六日第三小法廷判決(平成二年(オ)第一五一五号)は、本件と同一の事案について、前記の最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決は「代襲相続人が無権代理人からの相続につき限定承認した後に本人を相続した本件の場合には及ばないと解すべきである。」と判示して、上告人らの阿部美代子から代襲相続した本件物件とは別の不動産についての根抵当権設定登記等抹消登記手続請求を認容した大阪高裁平成二年七月一八日判決(昭和六三年(ネ)第二三九二号)の判断を是認する判断を示している。

原判決は、この最高裁判決に真向から相反する判断を示しており、破棄されるべきである。

以上のとおり、原判決には、民法第九二二条・第九二五条及び民法第一一三条の解釈・適用の誤りがあり、その結果が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないと信ずる。

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